いきいき同窓会

同窓会の歩み

同窓会の歩み

創成期

いきいき同窓会の前身「船橋市老人大学同窓会」は1984(昭和59)年に会員81人でスタートしました。

発足後2年後に創刊された会報には、同窓会発足時の意気込みや会報発行、講演会の実施決定、市との話し合いの様子など発足当時の先輩方の熱意があふれています。当時はNTTやJRの民営化、男女雇用機会均等法の施行など時代が移り始めたときでした。

発足4年後の1988年(昭和63年)にはゲートボール大会、運動会、バザーが行われる「老大祭」などが行われており、一線を退いたとはいえ体力も気力も満ち溢れていた会員の皆さんの様子がうかがえます。ちょうど船橋市が市制施行50周年を迎えたときで、世界的には地球上の人口が50億人を超えた翌年で、人口爆発による食糧危機など地球規模での環境問題が危惧され始めたときでした。


広がる活動の輪

その年の11月から会報は年3回発行されるようになり、各クラス会の多彩な活動の様子が紹介されるようになりました。国内的には消費税3%が導入された年でした。天安門事件、ベルリンの壁崩壊、そしてバブル経済の破綻と激動の年でしたが、同窓会は船橋市からの助成金を受けることが決まり活動の幅が広がっていきました。

第1回作品展の開催、グラウンドゴルフなどのニュースポーツ導入など趣味やスポーツで充実した時間を過ごす会員の様子が会報を通してうかがえます。知的好奇心も旺盛で、「激動する世界」と題した講演会には250人の参加者がありました。

1993(平成5)年同窓会は創立10周年を迎え、俳句同好会や囲碁同好会、墨舟会(書道)、彩舟会(絵画)、写楽会(写真)陶芸同好会、八葉会(園芸)、歩こう会、ペタンク同好会等が続々活動を始めています。「仏像の見方」の講座も開かれました。記念式典やパネルディスカッションなどのシンポジウムも開催され、当時の方々の熱い思いで活動は発展していきました。


更なる発展へ

1995(平成7)年1月17日、阪神淡路大震災が発生しました。そして3月20日には地下鉄サリン事件が起きました。会員の皆さんの中にも大震災の被害にあわれた方、通勤時にサリン事件に遭遇した方がいらっしゃるかもしれません。日本中が疲弊し、何が起こるかわからない恐怖におびえました。

翌年、東葉高速鉄道が開通し都心との距離が縮まりました。携帯電話が前年比の約5倍という爆発的な伸びを見せたのもこのころでした。長野新幹線の開業、アクアライン開通など、世の中は震災の復興と共に更なる発展へと進んでいきました。1998(平成10)年には同窓会創立15周年を迎えました。

学校の校庭を借りて開催していた老大祭は新設の船橋アリーナで開催するようになっていました。同窓会員の体力作りへの関心は高く、年間11回開催の「歩こう会」の参加者は延べ1500人を超えるようになっていました。1999(平成11)年には老大祭を運動公園陸上競技場で開催するようになりました。

同窓会にとって大きな変化があったのは、2004(平成16)年4月「ふなばし市民大学校」が開校したことです。それまでの船橋老人大学校は「ふなばし市民大学校いきいき学部」に引き継がれることになりました。いきいき学部にパソコン学科も開設されました。


「いきいき同窓会」の発足

市民大学校卒業生を迎え同窓会の活動はますます活発になりました。そして2005(平成17)年4月には船橋市老人大学同窓会が「船橋市いきいき同窓会」として生まれ変わりました。

この年、同窓会も25周年を迎え、シンボルマークや同窓会旗もできました。体育祭の参加者も600、700、800と年々増えていきました。

ところが2011(平成23)年3月11日に東日本大震災が発生。マグニチュード9.0の地震と大津波、さらに福島原発事故という大惨事となりました。多くの方が犠牲になり、いまだに苦しんでいる方々もいます。大自然の脅威と原発の危うさ怖さが身に沁みました。

同窓会が設立30周年を迎えた2013(平成25 )年、盛大な式典が行われ、記念誌も発行されました。この年スキーヤーの三浦雄一郎さんが80歳と7カ月でエヴェレスト登頂に成功しています。元気な高齢者が増え続け今や100歳以.上の人口が8万人を超えています。


変革への道

ところが2015(平成27 )年度には2100人余りいた会員が徐々に減り始めました。そして2020年コロナ禍の影響を受け活動が大幅に停滞、市民大学校も休校になり新入生がゼロになるなど会員数は激減してしまいました。

これを受け2020年に同窓会活動の方向性を改めて考え直そうという一大プロジェクト「2022年度対策本部」が発足しました。ホームページの立ち上げや新たな同好会の発足などもこのプロジェクトの取り組みの一環です。時代の変遷とともに活動形態も変わりゆく必要があるのかもしれません。しかしこれまで幾多の困難を乗り越えてきた私たちです。できることはたくさんあるはずです。

私たちがいきいきと輝いている社会はすべての世代の幸せな社会につながるのだと思います。